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2011年05月05日

「までい」の里、福島県飯館村の悲劇

先日、いわき市の避難所を訪れ、炊き出しを行った女優・秋吉久美子さんは6歳から18歳まで福島県に住んでいたそうです。
実は私も同じく、6歳から18歳まで福島県に住んでおりました。

本日(5月5日)付朝日新聞の天声人語に、「までい」という東北地方の方言のことが、以下のような内容で記述されています。(※一部編集してあります)

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「までい」とは、「真手(まで)」という古語が起源で、手間ひま惜しまず、丁寧に、心をこめて、といった意味合いで使われる方言である。

福島県飯館村役場で譲り受けた「までいの力」という一冊の本で、その言葉を知った。

スローライフの考え方が広がり出したころ、飯館村の村長はじめ村人は、「それって、“までい”のことじゃないか」と思い、以来「までい」を合言葉に村づくりをしてきた、という話が綴られている本である。

ところが、その本の刊行直前に震災が起き、原発事故による計画避難で、全村民が村を離れなければならなくなった!

「ここには2011年3月11日午後2時46分以前の美しい飯館村の姿があります」
「までいの力」の中表紙に急きょ刷られた一文に怒りと悲しみがこもる。

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私が住んでいたのは、飯館村からは30キロほど離れた町で、そこでは「までい」ではなく「まで」と言われていたと記憶しています。
頻繁に使われていたのは料理の時だったように思います。丁寧に、ゆっくりと、時間をかけて掻き混ぜることを、「までに掻き混ぜて」とよく言っていました。
それを強調して言う時は「までーに、掻き混ぜて」と伸ばして言ったりすることもあります。こっちのほうが「までい」に近いと思います。
単純に「よく掻き混ぜて」と言ってしまうのと比べて、とても深みと幅のある言葉だと思います。

東北の人は閉鎖的で保守的だと言われますが、しかしそれは、都会的なものの考え方、都会的な生き方から距離を置いて、地に足をつけて生活をしてきたことの裏返しです。
その「までい」の里、飯館村の人々が、皮肉にも原子力発電所という近代文明の象徴によって村を追い出される。


天声人語の最後には、こう書き添えてありました。
「原発の受益者は都会人なのを忘れることなく」

私が小学生の時に、学校の見学学習旅行で行かされたところが、福島第一原子力発電所でした。
その時のエピソードで、私は、今でもはっきりと覚えていることがあります。
それは、私たちに施設の説明をしてくれた東電職員の方が、福島県の有名な川の名前を知らなかったことです。

(やしろたかひろ)

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posted by takahiro at 22:53| Comment(0) | 現代社会を考える
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