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2012年10月18日

1票の格差、最高裁判決は民主主義の弊害

「1票の格差」が最大5.00倍だった2010年7月の参院選選挙区の定数配分は違憲として、弁護士らが各地の選挙管理委員会に選挙無効を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・竹崎博允長官)は17日、「違憲状態」との判断を示した。
(10/18 ニュース報道より)


私は、国会議員の定数配分を単純に人口に比例させれば良いという考え方には反対です。
最高裁の判断は非常に民主主義的ですが、私は、民主主義とは社会が進化していく途上期におけるイデオロギーであり、何でも平等、何でも多数決という物事の進め方にこだわり過ぎていると、人類の意識は進化しないと考えております。

※関連記事「共同体と民主主義」
http://iyasaka.saloon.jp/article/40410261.html

国連で例えてみましょう。
国連には安全保障理事会における常任理事国の拒否権があり、これには大国の利己主義を通すための規定であるとの批判があります。
このような不平等な規定は、いずれは廃止されなければいけないでしょう。

では、逆に国連が完全に民主化されて、各国の人口比に併せて議決権を持つようになったとしたら、どうでしょうか?
現在、世界人口は約70億人。そのうち、中国は13億5000万人、インドは11億人です。
完全民主化されて一票の格差が是正された国連では、この両国だけで全体の35%の議決権を持つようになってしまいます。
飢餓・貧困に喘いでいるアフリカの小国などの議決権は、ゼロに近いものになります。
つまり、民主主義の弊害とはこういうものなのです。

「いや、国家間の問題と、国内の地域との問題とは違う」とおっしゃる方が多いでしょう。
しかし、日本の国会議員の中で、自分の選挙区に特別な配慮をしない完全中立な人というのはどれだけいるでしょうか?
日本の国内でも、それぞれの地域に個別の風土や文化があり、産業的な個別の役割もあります。

最高裁の判決を受けて、これから大都市圏の定数が増え、過疎地域の定数が減らされることになっていくでしょう。
原発事故以降、急激に人口が減っている福島県の定数は減らされることになるでしょう。
そのような議員定数の是正を進めていけば、地域格差が拡大し、過疎地はますます過疎化が進み、日本の第一次産業は衰退していくでしょう。
こうして政治の光が当たらなくなった地方の役割は、軍事施設や原発など危険施設の置き場として特化されていくことになるでしょう。
人口が集中し過ぎた大都市に、直下型の巨大地震でも発生したら日本はどうなるのでしょうか。

これでは、完全にアメリカの思うつぼになってしまいます。
民主主義とは、ある意味で強者の理論でもあるのです。

(やしろたかひろ)


タグ:人権と福祉
posted by takahiro at 12:48| Comment(0) | 現代社会を考える
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