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2013年01月26日

富士山と東京スカイツリー …社会運動のたとえ話

海外から訪れた人たちが見ても、富士山は他の山と比べて美しいと感じるといいます。
富士山が美しい理由は、底辺がしっかりした二等辺三角形になっているからです。
三角形は美術においても安定した構図とされており、秩序、調和をイメージさせ人々の心を癒します。

私は、裾野があまり広がっていなくて、ただノッポなだけの東京スカイツリーを見て、あまり美しいと感じません。
東京タワーのほうが美しいと感じます。
電波塔という機能としては良いが、あれを日本の代表的な観光スポットの一つとしようとする動きに対しては、富士山の美しさを帳消しにしてしまう動きのような気がして感心しません。

目に見えるものと同じように、人の感情も、裾野が狭くて高く突出した感情は、見ていて美しくありません。
天下を取ってやろうとか、トップになろうとか、その意識自体は問題ありませんが、そのような人たちの中には、トップを目指さない人、また様々な意味で自分よりも低いポジションで生きている人を見てダメな奴だと見下すような人が時々おります。
そのような人は、裾野の存在に価値を認めない人、トップになることにしか人間の価値を認めない人です。
土台がしっかりしていないところで背伸びをしようとしすぎると、他人との間に軋轢を生み、また自分自身の心の中に様々な葛藤を生み、最終的には自身が崩れていってしまう危険性があります。

社会運動も同じです。社会運動は富士山のように広がっていくことが好ましいと思います。
私のブログを読んでいる人の中には、麻と関わっている人が非常に多くなっています。
人類が麻を有効活用しようとするときに、大麻取締法という壁が大きく立ちはだかっており、誰かが率先してそれと戦わなければいけません。
最前線で戦っている人は、富士山で言うとてっぺんに位置する人たちです。富士山のてっぺんは宇宙に最も近い位置にありますが、しかし、てっぺんから下の世界は良く見えません。
したがって、下の世界をきちんと見ながら裾野で活動し、てっぺんを支える多くの人たちの存在が必要になります。
裾野にいる人たちは、大麻取締法と直接向き合って勇猛果敢に戦っている人ではありませんが、平穏な心の状態を保ちながら日常の生活の中で麻を取り入れたり、地道に啓蒙活動をしたり、勉強をしたりしている人たちです。
裾野が広ければ広いほど、そこに様々な人の思いやドラマが存在します。富士山のように、社会運動は裾野が広ければ広いほど美しく展開します。逆に、もしその裾野が崩れたら、てっぺんで戦っている人の足場が崩れてしまうことになります。

麻の活動の中でも、意識啓蒙活動の中でも、私のポジションは山の中腹です。
てっぺんに近いポジションにいる人たちの思いを聞きながら、下の世界をきちんと把握して、大衆目線で啓蒙する人でありたいと考えています。

(やしろたかひろ)



▼関連記事「ヘンプイベントは、地域社会との融和がポイント!」
http://hempcar.ooasa.jp/article/59874172.html

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タグ:調和と循環
posted by takahiro at 11:06| Comment(0) | 世の中が変わる
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