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2013年10月04日

女性性の男性性に対するはたらき

男性性は「粗暴」で、女性性は「温和」……このようなイメージでとらえている方が、非常に多いように思います。
そのようにとらえている女性たちは、自分の性格の攻撃的な面が男性性であると解釈しています。
このような理解の仕方がもし正しいと仮定するならば、それは男性性不要論、女性性一元推進論となってしまい、二元性の統合という結論にはたどりつかなくなってしまいます。

対人関係における攻撃性は、男性の場合は暴力と言われ、女性の場合はヒステリーと言われます。
男性のほうが腕力があるので、その分、男性が相手に与える被害のほうが物理的には大きいかもしれません。

私は以前に、男性性とは「闘う戦士」であり、女性性とは「癒しのアーティスト」である、と申し上げました。
しかし、私の言う「戦士」という言葉の意味は、三次元に対して果敢に挑戦していくという意味であって、必ずしも他人を攻撃したり争いを仕掛けるという意味ではありません。
言い換えれば、意識が三次元の社会へ向かっていくのが男性性であり、自己の内面へ向かっていくのが女性性であるということです。

不毛な戦いや暴力、攻撃、いじめ、搾取、……これらの原因はトラウマです。
トラウマは、男性的なものでも、女性的なものでもなく、トラウマから発生する様々な問題は、男性性・女性性という概念とは直接には関係ないものと思います。

侵略戦争をするのは男です。それは男性の持つトラウマが三次元社会の中で形として現れたものであり、侵略行為自体が男性性の働きではありません。
逆に、女性の持つトラウマは目に見えない干渉波となり、それが男性たちの精神に影響を与えたり、またそれが集合意識になれば天変地異の原因になるということもあるかもしれません。

改革や革命と、喧嘩や暴力とは本質的に違うものです。前者には愛があり、後者には愛がありません。
男性性の中には、愛のある戦いというのがあります。愛する妻や子のために自己の命を盾にするというのが武士道の精神でした。
男性性にも女性性にも、その根本には愛があるのです。

三次元社会に対して働きかけていくためには、リーダーシップが必要です。したがって、基本的に男性性の中にはリーダーになりたいという欲求があります。
しかし、トラウマを持っている男性のリーダー欲求は、しばしば相手を抑圧したり支配したりする行為に転化することがあります。

これまでの人類社会は男性の持つトラウマが大き過ぎたために、それが男性が女性を支配し抑圧するという事態を招きました。
女性たちが抑圧されたために、癒しのアーティスト的である女性性が解放されず、その結果として、自己を癒やす場を失った男性たちがますます支配的になっていくという悪循環に陥りました。
そのような悪循環の中で形成されたのが、現代の弱肉強食社会、強者が弱者を搾取するという社会です。

このような悪循環が起きた大きな原因のひとつに、私は、セクシャリティーに対するマインドコントロールがあると思います。
このへんの話になると、10月12日のイベントでスピーチをされる夏目祭子さんの専門分野となります。

今、私たちにとって重要なことは、男性性、女性性という言葉の正しい意味を理解することです。
女性性の解放は、男性性の解放にもつながります。
女性たちの女性性が開放されれば、その結果として男性たちが癒されます。
男性が癒されれば、男性性が開放されて、それが三次元社会に良い結果をもたらします。
愛のある女性性と、愛のある男性性がうまく絡み合い、融合すれば、平和で持続可能な社会が実現するのです。

(やしろたかひろ)


※関連記事
*二元性の統合。男性性と女性性、現代と古代。
http://iyasaka.saloon.jp/article/69575008.html
*プロ野球とソチ五輪で明暗を分けた日本女性が示唆する新しい時代
http://iyasaka.saloon.jp/article/87865173.html
*男女の仕組み、愛の仕組み、世界が変わる仕組み。
http://iyasaka.saloon.jp/article/87051542.html

posted by takahiro at 00:22| Comment(0) | 男と女の関係
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