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2013年11月24日

日月神示・碧玉の巻に示されている現状を打開する方法

私はこれまで、民主主義という概念について疑問を呈してきました。

私が疑問に思っている点をわかりやすく言うと、
・一票の格差と言うが、もし国連が人口比で議決権を持つようになったらとしたら、世界はどうなってしまうのか
・母親が夕食の支度をしようとしている時に、もし料理のレシピを家族全員の多数決でいちいち決めるようになったとしたら、母のアイデンティティはどうなってしまうのか

民主主義は、なんでもかんでも多数決で決めて平等にしようという考え方なので、少数派を切り捨てたり、個人の自立を奪ってしまう側面があります。

それぞれの違いを認めて、各々の性格的特性や知識、得意分野等の違いで役割分担をし、その役割の仕事についてはその人に任せてしまう。
ただし、任せっぱなしにするのではなく、愛をもってお互いに協力し合う。
そのような、自立心と愛のある個人の集合が強い共同体となっていくと私は思うのです。

それから、多数派の意見が正しいとは言えないことも世の中には多々あります。
このことは、日月神示・碧玉の巻の中でも警告されています。

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日月神示 碧玉の巻 第16帖
「メクラの人民がいくら集まって相談すればとて、すればする程ヤミとなるのぢや、行き詰ってあげもおろしも出来んことになるのぢやぞ、総てを数だけで決めようとするから悪平等となるのぢや、メクラをいくら並べてみても何もならん、早う改心せよ、新しきタマの選挙があるでないか」
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ただし、偏った思想を持つ者が「大衆はメクラだ」という理論を振りかざして集団となればカルトになってしまうのですが、この部分についても日月神示に正しく示されています。

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日月神示 碧玉の巻 第13帖
「日本精神は真中精神、日本は真中の国であるぞ」
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すなわち、真中精神を起こすことこそが、メクラからの脱却になるのです。

今までの私たちの社会は、以下のいずれかにあてはまっていました。

・偏った意識、偏った思想を持つ一部の独裁者によってコントロールされる社会
・偏った意識、偏った思想を持つ大衆の多数決によってコントロールされる社会

いずれも、メクラ社会です。
もし大衆の大多数が真中精神を持っていたとしたら、多数決にも意義が出てくるでしょう。

今までの社会は、一人一人の個人が自立していない社会です。
自立していないから、マスコミの偏向報道によって、いとも簡単にマインドコントロールされてしまいます。

マスコミが偏向報道をせざるを得ない理由もあります。
メディアを運営する企業体に利害関係が絡まっていてがんじがらめになっている。つまり、マスコミ自体が自立していないのです。

さらに、そのようなマインドコントロールの仕組みをきちんと理解して活動している社会運動家の中にも、自立していない人たちが多いと思います。

社会運動家の活動動機の二パターン
a. 世の中を良くしよう、みんなが幸せに平和に暮らせる社会に変えていこう
b. 間違ったことをしている官僚や政治家を懲らしめて徹底的に潰してやろう

aは自立しているが、bは自立していません。
bは大麻などで逮捕歴のある人に多いパターンです。

自分が間違ったことをやっていないのに逮捕されたことは、同情に値すると思います。
しかし、仕返しや敵討ちというのは個人でやることです。そういう人がaパターンの人たちの中に混ざって活動することは、社会運動というものの本質を歪めてしまうことになりかねません。
脱原発ならば、今ならば誰がしゃべっても大衆の共感を得られるでしょう。
しかし、大麻については、内容的に正しいことを言っていたとしても、それを語る人自身がしっかりとした調和のマインドを持っていないと、大衆から見たときにマフィアが麻薬を正当化しているだけのように見えたり、あるいはエセ同和のようなイメージに映ってしまいかねません。

さて、人々は、なぜ真中精神を持てなくなったのでしょうか。
どうすれば、この現状を打開できるのでしょうか。
そのヒントも、日月神示・碧玉の巻の中に示されていました。

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日月神示 碧玉の巻 第10帖
「岩戸しめの始めはナギ(伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の命の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ、(中略)
夫神、妻神、別れ別れになったから、一方的となったから、岩戸がしめられたのである道理、判るであろうがな。
その後、独り神となられた夫神が三神をはじめ、色々なものをお生みになったのであるが、それが一方的であることは申す迄もないことであろう、妻神も同様、黄泉大神となられて、黄泉国の総てを生み育て給ふたのであるぞ、この夫婦神が、時めぐり来て、千引の岩戸をひらかれて相抱き給う時節来たのであるぞ、うれしうれしの時代となって来たのであるぞ。
同じ名の神が到るところに現はれて来るのざぞ、名は同じでも、はたらきは逆なのであるぞ、この二つがそろうて、三つとなるのぞ、三が道ぞと知らせてあろうがな。」

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簡単に言えば、男性性と女性性がどちらかに一方的に偏らず、融合することによって、本物の第三の道が創造されて世の中が安定すると読み取れます。

(やしろたかひろ)


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posted by takahiro at 15:30| Comment(0) | 神話と神示
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