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2014年05月02日

愛の目的は、相手と自分を「輝かせる」こと。


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以前に、「無条件の愛とギブ・アンド・ギブとは別物です」という記事を書きました。
その時に、誰かがギブ・アンド・ギブばかりを続けていると、必ずテイク・アンド・テイクばかりを続ける人が現れてくるという、私の体験談を紹介しました。
それが真理。宇宙はそのようにしてバランスを取ろうとするのです。

地球上の生きとし生けるものすべてに光を注ぎ続けて生命を育んでくれている太陽の営みは、間違いなく無条件の愛であり無償の愛です。そしてそれは、一方通行のギブ・アンド・ギブのようにも見えます。
しかしよく考えてみてください。もし太陽の光を受け取る相手が居なくなったとしたら? 私たちが太陽の光を不必要なものとして受け取ることを拒否したとしたら?・・・その瞬間に、太陽は自分の存在意義を失い、輝きを失うのです。
私たちが自己に価値を与えることによって命を輝かせることができるのと同じように、太陽も自己に価値が与えられることによって輝き続けることができるのです。
太陽は私たちに光を与え、同時に私たちは太陽に鼓動を与えています。

同様に、母親は子供が存在しなければ母親としての意義が与えられません。
母は子に物理的、精神的に無償の愛を与えますが、逆にその子から母という存在価値を与えられて母性を輝かせることが出来るのです。

物質的価値観と精神的価値観とを分離して考えてしまうと、無条件の愛(無償の愛)がギブ・アンド・ギブと同じ意味の言葉であると錯覚してしまうことになります。
しかし、宇宙とは精神世界そのものであり、物質とは精神世界の中に内包されているものなので、決して分離して考えることは出来ません。

3次元に生きている私たちは、日々の生活の中で、自己の命を輝かせるというワークを繰り返すことによって魂のステージを上げていきます。

「星とは、精神の輝きの煌めきである」(マナカ-MANAKA情報)

星の数は命の数であり、星の煌めきは命の輝きの投影です。
私たちは宇宙から命を与えられ、その命を輝かせて星の煌めきとして宇宙へ返す循環を行っているのです。

愛の目的は、「輝かせる」ということです。
物質的な行為であっても、例えば相手に物やお金を与えてそれがその人の命が輝くために使われるのならば、与えたその行為は愛になります。そして相手を輝かせることができた人は、自分も輝くのです。

愛に基づく行為には、与えること、受け取ること、破壊することが含まれます。
他人に対する愛もあれば、自分に対する愛もあります。

人生に行き詰っていてそこから抜け出すことが出来ない人は、今の自分の思考、あるいは今の自分の生活そのものを一度破壊してみることです。
人生の行き詰まりは、自分の中に重りを創り、その重りを手放すことが出来ないことが原因で起こります。重りがあるとバランスを失い、自分に対する価値を見い出せなくなってしまうのです。
そのような人は、思い切ってその重りを破壊することによって光を取り戻すことができるでしょう。

闇だけの空間というのはあるでしょうか。
真っ暗な部屋の中で目を閉じてみてください。
まぶたの裏に白いもやのようなものが現れてきます。これが闇に内包されている光です。
宇宙は光と闇とが融合した世界です。

このように宇宙は、完璧なバランスの上に成り立っています。
このバランスのことを陰陽で表現することがありますが、究極的には、宇宙とはひとつの大きな意識体のことを言います。
究極の宇宙とは、陰も陽もない、あなたも私も無い世界。自らの内側で創造と破壊を繰り返すことによって自らに価値を与え、自らを愛し輝かせているひとつの大きな存在なのです。


関連記事
無条件の愛とギブ・アンド・ギブとは別物です
http://iyasaka.saloon.jp/article/82088210.html?1398995125
宇宙という精神世界、物質と精神の逆転発想
http://iyasaka.saloon.jp/article/88894367.html
宇宙の「愛」とは、「与える」とは何ですか?
http://earth.kurasu.biz/index.php?QBlog-20150207-1

(やしろたかひろ)


posted by takahiro at 20:03| Comment(0) | 無条件の愛
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