
「スサノヲの到来 ―いのち、いかり、いのり」
そのインパクトの強いタイトルに引き寄せられて足利市立美術館へ行ってきました!
会場に入ってまず驚いたのは、その出品数の多さでした。スサノオとはそれだけ奥が深く、その存在の神秘に魅かれた人々も多かったということなのでしょう。
「古事記」に登場するスサノオは以下の通り。
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イザナギに追放されたスサノオは、母の国に行く前に姉アマテラスに会いに高天原(天上世界)に上がった際に、占いによって自分が潔白であることを証明する。
しかし、その後高天原で乱暴狼藉を働き、服屋(はたや)に皮を剥いた馬を投げ入れてこれに驚いた機織り女が死んでしまったために、アマテラスは恐れて天岩戸に隠れ籠ってしまう。
アマテラスが隠れ包まれてしまったために高天原と葦原中国(地上世界)が闇に包まれるが、神々が相談して天岩戸の前でアメノウズメの踊りで湧き立たせ、アマテラスを岩屋から引き出す。
高天原を追放されたスサノオは、空腹を覚えてオオゲツヒメに食物を求めると、オオゲツヒメは鼻・口・尻から食べ物を出したので汚らわしいとしてオオゲツヒメを殺してしまう。すると、殺されたオオゲツヒメの体から蚕、稲、粟、小豆、麦、大豆が生まれた。これを見たカミムスビノミオヤノミコトは、これら五穀を大事に取り集めさせて種とした。
スサノオは出雲国に降り立ち、八俣のオロチを退治し、この地で宮を建てて住むこととした。
宮を造った時に、そこから雲が立上ったので、スサノオは和歌を詠んだ。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
その後、スサノオは7代目の子孫である大国主神に様々な試練を与え、試練を乗り越えた大国主神に葦原中国の支配者になるように言い渡し日本国を造らせた。
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泣き虫であり、乱暴者でもあり、さらに怪物を退治した英雄でもあり、そして日本の原型をつくった神でもあるという、多重人格的でまったく不可解なスサノオという神の正体をどのようにとらえるべきか?・・・私の中に燻っていたその謎が、この展示会へ行って少しずつ解けてきました。

足利市立市美術館学芸員・江尻潔氏はこのように語ります。「オオゲツヒメ伝説を見ると、スサノオは人々に農耕や飼育をもたらした文化的な働きを持っていることがわかる。
しかも母なる自然のオオゲツヒメを殺害し、その結果、人間は種を手にすることができた。これは気まぐれな自然に手を加えることにより、人間がコントロール可能な種を手に中したことを物語る。」
すなわち、スサノオは天から地上に降り立つ時に、女神の殺害、すなわち自然の制御という人間の側に立った行動を起こした。もともとスサノオ自身が圧倒的なエネルギーを持つ大自然そのものでありながら、ある時に、手つかずの荒れた自然から距離を保ち、それから身を守る方法を人々に気づかせるという、事態を反転させる神でもあったのです。
また、日本神話においてスサノオは泣きいさちる神として登場します。ネリー・ナウマン氏は、スサノオの涙の正体は命を与える変若水(おちみず)であると指摘しました。
スサノオは青山や海から命の源である水を奪って、涙として流したと記述されています。ここにも、命を奪って与えるというスサノオの「死と再生」の性格を見出すことができるのです。
井戸尻遺跡から出土した「蛇を抱く土偶」は、頭上にとぐろを巻いた蛇を乗せ、涙を流しています。蛇は不死の表象。ここに、後にスサノオと呼ばれる原型が見出されます。
そして、「創られたスサノオ神話」の著者・山口博氏の指摘によれば、服屋に皮を剥いた馬を投げ入れたとされるスサノオの行為は、悪神を追い払う力を備えた神聖な呪具である馬の皮を、騎馬民族の「天幕」の聖なる入口「天窓」から入れた儀式的行為のことであり、それが農耕民の文化においては理解されなかったと解釈されます。
この説が正しいとすれば、スサノオの狼藉話は冤罪だったということになります。占いによって自分が潔白であることが証明された話を含めて考えれば、スサノオとは純粋なエネルギーであるのです。
そうすると、アマテラスが天岩戸に籠った理由についても疑念が生じてきます。
古事記や日本書紀は、太古より語り継がれてきた神話が編者の主観や思いというフレームを通って完成されたと言っても良く、したがってその記述の中には誤解釈や捏造もありうるわけです。
「八雲立つ・・・」は、スサノオがこの地上世界に降りてから詠んだ歌です。
江尻氏は、この歌をアジール(聖域、避難所)をうたったものと解釈します。不安定な自然の中において安心してくつろぐことのできる、人間の居場所が八重垣というアジールなのです。
足利市生まれのアーティスト・栃木美保氏は、麻の布で八重垣を思い起こさせる作品をつくりました。下には水晶玉と鈴が付けられています。これは麻布による結界です。

「麻布は、エナ(胞衣)のように私たちを護ってくれる。これは意識を整え、生まれ変わるための装置であると同時に、これから生まれ出る新しい魂のための八重垣である。ここにスサノオの母性的な一面が表れている。スサノオは八重垣をつくる神である。荒ぶる力と護りはぐくむ力、ふたつのはたらきをスサノオは備えている」(江尻潔)
人類の歴史の中で、世の中が不安定になるたびに終末論が唱えられてきましたが、日本では危機的状況下や時代の変換期にその都度、スサノオが想起されてきたそうです。
マイトレーヤとは、スサノオのことだったのかもしれません。スサノオは秩序を破壊するが、それは愛でもあり、人類の意識と文明が進化するプロセスでもあるのです。
まさに今は時代の転換期。スサノオが到来する時。死と再生、反転の時が来た!
そして、人類が麻の布に包まれる時代が来る。
(やしろたかひろ)


※ここに写真で紹介した作品は、12/23まですべて足利市立美術館で観ることができます。