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2014年08月23日

曼荼羅とインターネット

mandara358.jpg心理学者・ユングが接見したチベットの高僧は、曼荼羅(マンダラ)についてこのように説明したと言います。

「曼陀羅とは精神の像である。これはラマ僧のイマジネーションの力によって形作ることができるのである。曼陀羅には一つとして同じものはなく、個々人によって異なるのだ。
ちまたの僧院や寺院に掲げられているような曼荼羅は大した意味を持たない。なぜなら、それらは外的な表現にすぎないからだ。
本当の曼陀羅というものは常に内的なイメージであり、それは心の平衡が失われている時や、ある考えがどうしても心に浮かばず経典にも見いだせないので自らそれを探し出さねばならないときに、自分の心の中の創造力によって、心の内に形作られてくるものだ。」


胎蔵界曼荼羅の中心には大日如来が描かれています。
キリスト教的な見方をすれば宇宙を支配する絶対神が中央に描かれているように見えるかもしれませんが、しかし、仏教では大日如来に絶対神的な意味は与えていません。
大日如来には「大いなる太陽」という意味があり、また、大日如来とはあらゆる存在物を包容する無限の空間と時間の広がり、すなわち宇宙を集約したものであると説明されています。

中山康直さんのMANAKAリアリティにある「太陽とは心の反映である」という定義から言えば、大日如来とは私たち人間のことでもあります。そして、さらに大日如来は宇宙そのものでもあるのです。
したがって、曼荼羅の中央に描かれた大日如来は宇宙の中心を意図したものではなく、そもそも宇宙には中心が無く、曼荼羅を描く個々の人間の心がそれぞれに中心となり、まわりのものと無限に繋がっていくことを表しているのです。


以上の内容を簡単にまとめると、このようになります。

「心」=「宇宙」=「曼荼羅」=「私」


自分の心と他人の心が、そして自分と宇宙全体とが常に繋がっているということは、私たち一人一人が宇宙全体に対して「責任」を持たなければいけないということを意味しています。
自分の心の有り様が、他人や宇宙全体に影響を与えてしまうからです。
ルシファーとは、悪魔でもあり光の天使でもあると言います。私たち人間の心が何を求めているのかによって、同一の宇宙存在が悪魔にも天使にもなるのです。

したがって、宇宙はすべて自己責任の世界。

asatemari345.jpg仏教の曼荼羅の智慧が科学に投下されたものが、インターネットです。
それによって、今や世界中の何十億という人々が時間と空間を越えて現実的に繋がりを持つことが可能になりました。
機械と電波を使って自分の意思を伝達するインターネットは、人類が霊的に成長してテレパシーで意思の伝達が出来るようになるまでの教育システムであると思います。
それを使いこなす人がどれだけ「責任」を持っているのかによって、インターネットが多くの人々を助けることもあれば、恐怖のどん底に落とすこともあるのです。

(やしろたかひろ)

関連記事
* 宇宙という精神世界、物質と精神の逆転発想
http://iyasaka.saloon.jp/article/88894367.html

posted by takahiro at 21:47| Comment(0) | 現代社会を考える

2014年07月17日

ブラジルW杯で浮上した人類の課題

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ブラジルは、名目GDP世界第7位(2013年)という経済大国になったが、一部の権力者と裕福層だけが富を独占する状態が続いている。
この問題が原因となって、ブラジルでは、サッカー・ワールドカップ(W杯)の開催反対を訴えるデモが相次いだ。

この大会の準決勝で、ドイツに歴史的な大敗を喫したブラジル。
試合終了後には肩を落とすブラジル代表選手に罵声を浴びせるブラジル人が目立った。
のパブリックビューイング会場ではサポーター同士が衝突、観戦者が逃げ出し、治安部隊が催涙弾で鎮圧する騒ぎも。

準々決勝の試合中にブラジルのエース・ネイマールに脊椎骨折を負わせたことでコロンビア・DFスニガに非難が殺到し、ネット上では殺害予告まで出る事態に。
コロンビア・サッカー連盟は、DFスニガから自身と家族の保護について相談を受け、外務省に保護を要請した。

[ニュース報道より]

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今回のブラジルで起きた出来事は、人類が非常に長い間抱えてきた課題を大きく浮上させた出来事であったと言えるでしょう。

「世界の人口の5分の1が資源の5分の4を消費している。恵まれた少数が無意識に浪費しなければ、すべての人にいきわたるだけ充分にあるのだよ。」
(ニール・ドナルド・ウォルシュ著「神との対話」より)

精神的価値観よりも物質的価値観が重んじられる社会では、競争に勝って、他人よりも多く富を取ることが人生の目的となっています。
より多く取れる者が優れた人であり、多く取れない者は脱落者であるとされています。
そのような価値観は、強い者が世界を植民地化し、その奴隷たちにコカインを与えて長時間の強制労働をさせ搾取を続けることを正当化しました。

いつしか、スポーツがそのような社会的な課題を象徴するものとなりました。
世界の貧しい人々は、我が子をスポーツ選手にすることを救いの道としました。
スポーツと政治、スポーツとナショナリズム、スポーツと貧富の差という関係は、切り離せないものとなっています。
私は、ハングリー精神をスポーツをする人の必須条件としてはいけないと考えます。

「映画俳優やプロスポーツ選手が巨万のギャラをもらうのに、ヒーラーや精神世界に携わる者は無償で働けという風潮がある。
しかしそれは逆で、本来人を癒したり、気づきを与えたりする人間こそが豊かになっていくべきだ。
それ以外にも母親業や、愛を与える者たちにも多くのギャラが必要だ。」
(ニール氏の意見)


暗い話題の多かった今回のサッカーW杯ブラジル大会の中で、ひとつの光明がありました。

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米ブラジルで開催中のサッカー・ワールドカップ(W杯)で、日本代表の試合後に、日本のサポーターが観客席のごみ拾いをしたことをたたえ、リオデジャネイロ州政府は11日、サポーター代表として、駐リオ日本総領事館などを表彰した。

W杯の試合が行われてきた各地では、負けたチームのサポーターらがごみを散らかして帰る様子が目立ち、五輪を控えたリオでは、環境浄化対策が検討されている。

日本のサポーターのごみ拾いがインターネットや各国のメディアで話題になったのは、レシフェで6月14日に行われた初戦のコートジボワール戦。客席を日本代表のユニホームと同じ色に染めるために使った青いごみ袋に、数百人のサポーターが飲食物の包装紙などを入れていった。

ブラジル地元紙はそうした行為を「(日本代表は)敗北したが、応援団のカリスマ性はブラジル人の心をつかんだ」と報道するなど、称賛の声が上がった。日本サポーターのごみ拾いは1998年のフランス大会から話題となっていた。

[2014.7.12 MSN産経ニュース]

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これこそが、人生がときめく片付けの魔法。
これからの世界は日本人が引っ張って行こう!

(やしろたかひろ)

posted by takahiro at 16:36| Comment(0) | 現代社会を考える

2014年07月04日

集団的自衛権にフォーカスすると思考が行き詰ります

今日は個人的な話から始めますが、2012年から今年にかけて、私にとって「弛緩」と「開放」の波が起きました。
昨年の秋頃から「片付ける」(人生や過去にかたをつけること)というワードにフォーカスしていたところ、このたび遂に大きな生活の変化を体験しました。それは、先日にフェイスブックでカミングアウトさせていただいた通りです。
この件については、出版を目的としないノンフィクション小説を書き上げて関係者に配布することが、私の最後のワークになりそうです。
今、私の心の中では、これまで自分が背負ってきた大きなものを手放したことによる喪失感のような感傷と、苦労が無くなったことによる安堵感や静寂感が同時に湧いてきているところです。私にとって、今年はリセットの年になるのかもしれません。

ところが、そういう私の個人的な状況とは反対に、今の世の中は静寂とは程遠く、どんどん緊張しているように思われます。
世の中と言っても、私が感じているのは政治や経済のことではなく、個々の人間、個人のレベルでの緊張を感じるのです。つまり、多くの人が病んでいるということです。
それは最近のニュース報道を見ていても思いますし、またこれは気のせいかも知れませんが、私の周辺では救急車のサイレンの音が以前よりも頻繁に聞こえるようなったような気がするのです。

集団的自衛権の行使容認に関する問題にしても、マスコミの偏った報道や論評の仕方に扇動された個人が集団になって大騒ぎをしているにすぎず、私には「何を今さら」という感覚でしかありません。
憲法第九条という観点から言えば、自衛隊の存在自体が大ごとなのであり、さらに国内に米軍基地があること自体が大ごとであるはすです。それらは明らかに日本が保有している軍隊なのですから。
アメリカが東アジアで戦争を起こせば、当然に日本の国内にある米軍基地は攻撃される標的になります。
現実的な意味で世界の常識を言えば、自衛隊と米軍基地を容認すれば、集団的自衛権は否応なしに自動的に付いてくる話です。

つまり、この問題でデモに参加している人たちは、原子力発電所の建設と稼働を容認して、原発から来る送電線の設置工事に反対しているようなものです。
集団的自衛権の行使容認に反対するならば、その前に自衛隊と米軍基地に反対しなけれぱ本末転倒だと思うのです。
中国が日本を侵略することを計画し、その発表をしているという話もありますから、もしそうなった時に日本は軍隊を使って自衛するのか、あるいは何があっても非武装中立を貫くのか、その2つに1つの選択肢しか無いと思うのです。
いずれにしても、私達が選挙で選んだ政治家たちが判断することですから、基本的にそういうことは、私はなるべく関知せずに政治家に任せたいという思考です。

真の平和とは、憲法第九条がどうだとか、自衛隊のあり方がどうだとか、そんなことよりももっと先にあるものだと思います。
現実に対してただ反対するだけではなく、これから具体的にどのような手法で、どのような手順で、どういう社会を作っていくのかという現実的な思考が私達一人ひとりに求められます。

そのためには、一人ひとりに「弥栄の意識」が必要です。
自分と周りの人々が一緒に繁栄していくためには、どうしたらいいのか。
日本と近隣諸国が一緒に繁栄していくためには、どうしたらいいのか。
もともと日本人は、そういう大人の思考をすることが出来る民族だと思います。

とりあえずは、日本がエネルギーや食糧の供給を海外に頼り、そのために実質的に日本国がアメリカに支配されてしまっている状況から早く脱皮しなければならないでしょう。
安倍首相は農業の振興を政策に掲げていますが、TPP攻勢などによって日本国の自給自足社会化はアメリカからの妨害工作を受けて政治家たちが四苦八苦していますから、政治任せではない私たち庶民レベルでの努力も必要です。
個人や少人数で日本全体を動かすことは出来ませんが、エコビレッジ活動など地域単位のコミュニティを立ち上げていくことは可能です。

私達自身がマスコミの偏向報道に煽られている状況や政治依存から抜け出して、もっと自立して自ら具体的に行動することが先決なのです。

(やしろたかひろ)

posted by takahiro at 21:26| Comment(4) | 現代社会を考える

2014年02月25日

Facebookでシェアされている「道徳」の4コマ漫画について

最近、「道徳」というキーワードがついて、facebookで多くの人によってシェアされている4コマ漫画があります。


5b2ad4b3.jpg


これの意味がわかりました。

この記事は、別サイトに書きました。

*政治とは、「正解がない」二者択一を積み重ねること。
http://www.hemp.jp/index.php?QBlog-20140225-1


やしろたかひろ

posted by takahiro at 22:13| Comment(0) | 現代社会を考える

2014年02月05日

現代日本の貧困シングル女子問題、根本原因は?

バブル景気が崩壊した頃から続いている、ワーキングプア女性の問題。
昔のセーフティネットは国の社会保障ではなく、家族でした。
この記事は、別サイトに書きました。

「ワーキングプア女性の風俗嬢化なだれ現象」
http://www.hemp.jp/index.php?QBlog-20140205-1



関連記事
*大家族の復活が国家財政を改善させる
http://iyasaka.saloon.jp/article/62202201.html
*社会保障費問題の解決策は、今の制度の中には無い
http://iyasaka.saloon.jp/article/74163182.html

posted by takahiro at 13:47| Comment(0) | 現代社会を考える

2014年01月26日

都知事選挙、福島県民が東京都民の皆様に問います!

311直後の「こどもの日」となった2011年5月5日、私はこのような記事を書きました。

「までい」の里、福島県飯館村の悲劇
http://iyasaka.saloon.jp/article/44896037.html


この飯館村の話題で、本日付けの産経新聞ニュースにこのような記事がありました。

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「飯舘村は21世紀の谷中村だ」村民と語り合う西村議員

「全村民が村を無理やり出されるなんてこれほど理不尽なことはない。足尾銅山の鉱毒で廃村に追い詰められた谷中村を守ろうと立ち上がった田中正造は谷中村を滅ぼすことは日本を滅ぼすことになると思って谷中村を守った。飯舘村は21世紀の谷中村だ」

福島県飯舘村の綿津見神社に西村真悟衆院議員が訪れた。西村議員が飯舘村を訪れるのは5回目だ。西村議員は原発事故以降の政府の対応の理不尽さに怒りをあらわにした。

西村議員は全村避難が始まった平成23年5月に訪れてから定期的に村を訪問している。福島市にある飯舘村の仮庁舎ではなく、実際に飯舘村の役場や牧場などに足を運びんで直接村民から話を聞き、村内の状況を視察している。線量計も持ち歩いて各所を自ら測定もしている。

雪が積もった村内は寒さが厳しかったが、東京から車で駆けつけた西村議員はコートも着ずにセーターのみで綿津見神社に着いて早々、参拝し、多田宏宮司に面会した。

多田宮司は全村避難となった後も、神社にとどまり村を守っている。村の冬の夜は氷点下にもなる寒さの中、人のいなくなった村で一人で過ごすことは相当な心労だ。3回目の越冬は筆舌に尽くしがたい思いがある。

多田宮司は「神社は自然と生きるものですから。神様を置いてこの場を離れることはできない。一人でもお参りに来るうちはここを離れることはできませんね」と話すと、西村議員は「坊さんは、因果と言ってさっさと諦めるが、いざとなれば行動的なのは神主ですな」と孤軍奮闘する多田宮司を励ました。

綿津見神社がある場所は小学校や民家もあり決して山奥ではない。しかし、最近では自宅付近にイノシシなどが出没するようになったという。

多田宮司は「誰もいなくて静かですのでイノシシの『カーッ』という鳴き声が聞こえてくるんですよ。動物が我が物顔でいますね」と現状を憂いた。

多田宮司は今年の初詣の状況や、飯舘村がかつては馬や炭の産地でたびたび見舞われる凶作と闘いながらも懸命に村で生きてきた人々の歴史なども説明した。

多田宮司は「すでに避難が解除された地域の状況を見ても、一度村を出たら戻ってくるのは困難だと思います。放射能の恐怖もそうですが、村よりも便利な場所で暮らせば暮らしの方がいいですし、これから村がどうなるのかも分からない。帰村となっても人が戻ってくるか分からない。その辺を今後どうしていくのかが心配ですね」と話した。

震災からまもなく3年になろうとしているが、飯舘村をはじめ福島県内では約9万人もの人が避難している状況だ。

「飯舘村はどのくらいの人が戻っているのですか」

県外の人にそう聞かれることがよくある。そのたびに全村避難が続いていることを説明すると同時に風化や関心のなさを感じる。とくに昼間は除染作業員や見回り隊、村内で稼働する企業に通う人などで村内には大勢の人が出入りしている。しかし、夜になると一転して外灯も家の明かりもなく真っ暗になる。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/140126/trd14012607000000-n1.htm

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今、東京都知事選挙戦が真っ只中で、原発が大きな争点となっています。
私が疑問に感じていることは、東電の大株主でもない東京都が、具体的にどうやって脱原発をやるのか?・・・ということです。

今は「脱原発」を言っていれば人気が取れます。
しかし、それが都知事選挙に勝つための、策の無い単なるスローガンであってはならない。

1300万の人口を抱えている東京都が、今まで通り電力の供給を県外に頼るのならば原発は稼働するでしょう。
東京都が本気で脱原発をやろうと言うのならば、そのための予算を取り、都民の生活を賄えるだけの電力が供給できる火力発電所を都内に建設してほしい。
生活インフラが発達し便利な暮らしをしている都会の人々が、何もないところで助け合って生活している過疎地の人々にリスクを押し付けるべきではない。

私は問う!
都内に大規模な発電所建設。・・・声高らかに脱原発を言っている東京都の有権者の皆様、そこまでの責任感と覚悟はありますか?


2011年5月5日の「天声人語」に書き添えてあった以下の言葉を心に留めておいていただきたい。

  ―― 原発の受益者は都会人なのを忘れることなく ―― 



(やしろたかひろ)

※福島県会津地方の市民有志が、エネルギーの自給を目指す「会津電力株式会社」を設立。原発に依存しない社会づくりを進める。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131022-00000010-fminpo-l07

posted by takahiro at 20:02| Comment(1) | 現代社会を考える

2014年01月10日

そもそも世の中に“弱者”を生み出したのは誰なのか?

以前にも書きましたが、私は一般的な人々と比べて転生した回数が極端に多く、そのために主たる守護霊というのがおらず多数の守護霊団に守られていることを、ある霊能者の方から告げられたことがあります。
そして、過去世から今世に至るまでどの生涯でも私が一貫して持ち続けているテーマが「弱者救済」なのだそうです。

今、私が考えている「弱者」とは、社会的地位の低い人ばかりではありません。
中山康直さんの大麻裁判を通して、私は、間違った法律に縛られて個人の自由意思を認められていない裁判官や、アメリカからの威圧を受けて真に国民のための政治が出来ない歴代の政府閣僚たちも、結局は相対的に弱者なのだと感じました。
さらに、戦後、GHQによって植えつけられた間違った知識と自虐史観の呪縛から解かれていない日本の官僚たちも、また弱者であると思いました。
したがって、私の弱者救済は日本国の救済でなければいけないと考えています。

もちろん、自分の心身の不調を治療するという目的があって大麻に手を出し逮捕されてしまったような人たちもそうです。早く医療大麻が合法化されなければいけないと思います。

ただし、これも以前に書きましたが、大麻問題に関しては、逮捕歴のある人々にありがちな「間違ったことをやっている官僚や政治家を懲らしめて徹底的に潰してやろう」という敵討ち・仕返し志向の人たちとは、私は友達にはなっても社会活動の仲間としては組まない方針です。
その理由は、間違ったことをさせられている官僚や政治家も弱者であり最終的には和解し合う対象であること、そして、仕返し志向の強い人たちと下手に組めばその社会活動の大衆から見たイメージが悪くなってしまうからです。
また、個人的な仕返しは社会活動には馴染みません。それは個人が自己責任ですることであって、誰かに協力してもらうのは自立していない人のすることだと思います。

昨年、「半沢直樹」というドラマが流行りました。
まさに仕返しをテーマにしたドラマでした。仕返しをするために、弱者が強者に成り上がろうとする物語でした。
「倍返しだ」と言い続けてついにその目的を達成した主人公が、最後にはどうなったか・・・?

大麻にフォーカスして申し上げましたが、現代日本が抱えている様々な問題、例えば原発、TPP、増加する犯罪、少子化、核家族化、無縁社会に至るまで、それらはアメリカの世界戦略の弊害として起きています。
では、アメリカを懲らしめればいいのか? ……アメリカ人が悪いわけではありません。大統領が悪いわけでもありません。大統領の上に国家をまたがった権力者層があります。
では、その権力者層を叩き潰せばいいのか? ……それも違う。

私たちが体験している全ての状況は、今生きている私たちに与えられた三次元ワークショップのカリキュラムの一環です。
問題の物理的原因がどこにあるのか、その客観的事実を正しく知ることはワークを遂行していくための大切な要素です。
しかし私たち民衆が、世の中で起きていることを、政治家のせい、官僚のせい、過去の歴史のせい……と、責任転嫁しているうちは状況は何も変わらないでしょう。
そういう人間の自立していない依存の意識が恐れに変わり、恐れが集合意識となって生存競争と搾取の世界が創造され、弱者と被害者を創造したのです。
今年からエネルギーが大きく変わっています。私たちの意識(集合意識)を依存から自立へ修正することが出来たならば、世の中はすぐにでも良くなるでしょう。

(やしろたかひろ)

*中山大麻裁判について
http://www.taimasou.jp/judge/

関連記事
*宇宙は巨大なホログラム。意識が”現実”を創っていた!
http://iyasaka.saloon.jp/article/82683244.html
*パラレルワールド・引き寄せの法則…思い通りに現実を変える方法
http://iyasaka.saloon.jp/article/82937540.html

posted by takahiro at 19:13| Comment(0) | 現代社会を考える